彼の頭はつっかえた

なんか雑記ばかり書いてますが、一応掌編載せる予定です。

雑記12

カラマーゾフの兄弟』のイワンの話のせいか、いつしか「100の祈りよりも1つの奇跡」の方が、人間は信用するものだと思うようになった。僕は中学まで侍者をしていたので(神父の手伝いをする方々で子供が多い)よりイワンの話には感化されやすかったのかもしれない。とはいえ、『カラマーゾフの兄弟』を読んだのは7、8年ぐらい前の話だ。

  僕は無神論者だが、誰しも絶対的価値を求めるものなので(あるいは、判断基準となる絶対的な倫理観とでも言えるのだろうか)、宗教を否定する気はない。ただ、別に宗教ではなくても、誰もが同じように価値を定める物事はあるだろうという話だ。サンタクロースが実在しなくても、クリスマスの本質はプレゼントをもらうことにあるだろう?  

  日本の場合、無神論者というよりも無関心な方が多い。あるいは、新興宗教系に対しての得体の知れなさへの恐怖心もあるだろう。実際、テロや過度な勧誘などで良い印象を抱きにくいかもしれない。

  そのような背景もあってか、日本における絶対的な価値観はエンタメに比重が寄っているような気もする。いわゆる人気作品のファンの凶暴さは、一つの宗教戦争のようだ。そうなる気持ちも分からなくはない。好きなものが否定されて嬉しいと感じるには、否定するなりの、好きになるなりの論理が必要だろう。論理的な理由があるならば、相容れないと分かりきっているからだ。

  ただ、否定や好意を発信することが、理想主義的だと自己陶酔だ。例えば、人気の動画のコメント欄で、視聴者への注意喚起(信者になりすぎるのもいけないなど)したところで、そんなチラシの裏で君は何が言いたいのかという話になる。