彼の頭はつっかえた

なんか雑記ばかり書いてますが、一応掌編載せる予定です。

雑記「グレー」

もしかすると、知能指数に問題があるほど(厳密にはグレーゾーンと言われる類ほど)本能的な部分が強まるのかもしれないと思った。この本能というのは、三大欲求についてというよりも、自尊心のことなのだが、他者との比較によって、自己確立を目指そうとする傾向が強そうだと思った。
大学生の頃のいわゆる後輩と呼べる人にも、似たような傾向があった。その方は劣等感が強く、その劣等感を小説にすることで自己確立を果たそうとしていたようだが、その内容は成功者や親族への嫉妬や憎しみ、あるいは、社会的弱者である自分をひたすら説明するという、あまり面白みのあるものではなかった。感情が先行されすぎていて、というほどではないまでも、あまり文学的に技巧や表現を細かくすることもできなかった。ただ、自分を受け入れて欲しいという思いだけが一貫して作中に現れていた。
その方はそれまでの様子を見たり聞いたりした限り、また、作品の質を考える限り、どうやらパーソナリティ障害だったように思う。あまりいい噂は聞かなかったものの、例えば、自殺でもされたら教授方が可哀想ではないか、と思ったので少し面倒を見ることもあったが、連絡先を消しては戻すなどの若気の至りが目に余るので、結局自然と連絡を取らなくなった。僕はそうした様子が、文学に無礼だと思ったのだ。これはこれで大概だ。
と昔話を少し書いてみたが、似たような方と最近接している。この方は身体的に劣っていたり、体力的に劣っていたりする箇所が多いためなのか、やたらと人に自分が優れていることをアピールしようとする。「自分は良い服を買うが、他人はそこまで良い服を買わないために、自分はある意味生意気だ」などと言われるのだが、こうした時の反応はなかなか苦労する。話を聞かなければならない立場なので応対はするものの、下手に刺激してもいけないので流しておくのが無難なように感じている。
自己確立の方法というのも細かなことは分からないのだが、他者との比較は誰しもあることで、その比較がやがて無駄になるとか、比較しても自分は自分でしかないことを認めていけるようになるだとかが、自己確立への道なのかと思うのだが(他者との優劣という考えを超越していく必要があるのだろうか)、自分が他者との優劣によって確立されている方ほど、他人に依存したり、虚栄心が強まったりするような気がする。調べれば分かることなのだろうが、それはまたおいおいやろう。
ともかく、このような種類の方々は相手にするのが疲れる。何かと気を使うので精神をすり減らしがちだ。これが大学の後輩のような、簡単に縁を切れる方であればどうでもいいのだが(さくっと切れるのだから今は便利なものだ)、そうではない相手となると、また話は変わってくる。
僕は何となく、今の若い人たちがここまでとは言わないまでも、このような性質を持ちがちなのではないか思ったりする。SNSなんかのアピール合戦と同じことで、意図の見えやすさの違いぐらいしか変わらないような気もする。